懐かしくもあり、切なくもあり――モラトリアムな季節
大学受験に失敗した和也は予備校に通うため仙台で独り暮らしを始めた。小学5年生のときに4ヵ月だけ住んだO町での思い出が真っ先に心に浮かんだ。閉塞した浪人生活に悩む和也の前に、初恋の相手であるナオミが現れる。高校時代の彼女とも、よりを戻しつつある和也の心は激しく揺れ動く――。昭和50年代を舞台に、混沌とした青春期を瑞々しく描いた成長物語。(内容紹介より)
『モラトリアムな季節』(熊谷達也著 光文社文庫)
先日読んだ『七夕しぐれ』の続編である。ヤッタ!
前作は、主人公のカズヤが小学校5年生のときに仙台市に引っ越してから去るまでの4ヵ月に起きたホットな出来事が語られていた。理不尽な差別に対抗する子どもたちの勇気あるお話である。今回は浪人生となった和也の物語だ。
仙台から戻り、田舎町で中高時代を過ごしてきた和也は、再び仙台市に住むことになった。大学受験に失敗し、予備校へ通うことになったのだが、田舎町にはない予備校に通うために仙台に出ることになり、アパートを借りて住むことになったのだ。
久しぶりに仙台にやってきた和也は、かつて住んでいたO町――ユキヒロやナオミたちがいた場所へと向かった。彼らとはあれ以来会っていないし、ナオミとはしばらく文通をしていたのだが、それもここ数年途絶えていた。彼らがいまどうしているのか、和也は気にしていたのだ。
だが、その場所にはかつて住んでいた五軒長屋はなく、新しいアパートが建っていた。念のため郵便受けの名前を見てまわったが、知っている名前はなかった。街の様子は変わり、エタ町と呼ばれた場所はすでになくなっていた。彼らはどこに行ってしまったのだろう……。
そういう和也も、かつての正義感あふれる少年だった面影はない。ブリティッシュ・ハードロックを愛し、優柔不断なくせにちょっと自信過剰、というか勘ちがいしていることに気づかないような、どこにでもいそうなモラトリアムな青年になっていた。
受験勉強のために家族から離れた和也は、仙台の一人暮らしでおおいに羽を伸ばす。好きなロックを存分に聴ける喫茶店に入り浸り、映画を観て、好きな本を読んだ。予備校に通うのは二の次である。
すぐに、仙台の短大に通う高校時代に付き合っていた女の子にもばったり再開した。彼の初恋の相手はナオミだが、音信不通となってからは、ナオミのことはただの思い出になっていた。偶然再会した女の子とは、ケンカ別れしたわけではなく、いまでも好きだったから、和也は彼女にもう一度付き合ってくれないかと告白する。結果はOK。お互い仙台で一人暮らしの身だし、楽しそうなことが起こりそうだと、ますます受験勉強に身が入らなくなる和也なのであった。やれやれ
そんなある日、彼女に誘われていったライヴで、和也はナオミと再開を果たす。彼女とナオミは同じ短大に通う親友で、ナオミがバンドのメンバーとしてピアノを弾く姿を観にきたのに、和也が付き合ったのだった。会場にくるまで、ふたりが親友であることを少しも知らなかった。ともかく劇的な再会である。おーっと!
ライヴの打ち上げの居酒屋で、和也はナオミに聞きたいことが山ほどあったが、聞きだすことができなかった。昔のこととはいえ、お互いに好き合った者同士である。和也の隣に「カノジョ」がいる状態で、親密な話をするのは憚られた。だから、カノジョがトイレに立った隙に、和也はナオミに耳打ちする。「明日ふたりで会えないかな」と――。
とまあ、こんな具合に和也の浪人生時代のことが語られるのだが、ところどころ「著者」が回想する形で、この時代の「自分」のことを冷静に分析してみせるのだけれど、そのコメントがいいのだ。
たとえば、「モラトリアム」について語るシーン。
もっとも、モラトリアムな季節とは、嫌いな自分に折り合いをつけるために必要な時間でもある、ということが、いまの僕にはわかっている。しかし、その季節の渦中にある本人には、その季節から抜け出す扉はまったく見えない。肥大した自己愛も、自身を抹殺してしまわないための、最後の安全装置であることに気づいていない。
「差別」について語るシーンでは、
他人と自分を比較するのは意味がないことだと、理屈ではわかっていても、自己を見つめようとするとき、他人との比較をせざるを得ないのは、群れなす動物としての性(さが)が人間の遺伝子に刷り込まれているせいだと、僕は思う。その結果、滑稽で悲しいことだけれども、本当は必要のない優越感や劣等感を覚えて一喜一憂するのが、人間という奇妙で哀しい生き物だ。たぶんそれが、この世界から差別がなくならない最大の原因のような気がする。
ね、なるほどでしょ?
モラトリアムな季節。ぼくにも確かにあったと思う。でも、未来が描けなくて不安になるとか、自分が何者になろうとしているのか、何がしたいのかわからなくて思い悩む……みたいなことはあまりなくて、ぼくの場合はただただ世間知らずでバカなだけだったような気がする。たぶんそれはいまもあまり変わっていない。おいおい
さて、お話のほうは、結局、彼は二浪したが大学受験に失敗する。カノジョとはとっくに別れ、ナオミは就職して東京へ行ってしまった。それでもあきらめることなく三浪目に突入した彼は、今度は田舎の自宅で受験勉強に励むこととなり、粛々と勉強して浪人生活にピリオドを打つ。さらに、彼が本格的に小説を書き始めるまでには、まだいくつかの紆余曲折があるようで、それは第3部へとつづくらしい……と、ここまできたら最後まで読みますよ!
JUGEMテーマ:最近読んだ本