魅惑の“変人”が登場!――隠蔽捜査
竜崎伸也は、警察官僚である。現在は警察庁長官官房でマスコミ対策を担っている。その朴念仁ぶりに、周囲は「変人」という称号を与えた。だが彼はこう考えていた。エリートは、国家を守るため、身を捧げるべきだ。私はそれに従って生きているにすぎない、と。組織を揺るがす連続殺人事件に、竜崎は真正面から対決してゆく――警察小説の歴史を変えた、吉川英治文学新人賞受賞作。(内容紹介より)
『隠蔽捜査』(今野敏著 新潮文庫)
このブログでは、本著者作品の“安積班シリーズ”をいくつか紹介している。本書は別のシリーズになる。ぼくは知らなかったのだが、すでにテレビドラマ化もされているそうだ(ホントものを知らないひとだね、じぶん……)。
警察小説であるが、主人公は刑事ではない。警察官でもない。警察庁に勤めるキャリア官僚である。所属は総務課で課長職にあり、警察庁長官官房のマスコミ対策を担う、エリートコースに乗っている男である。
省庁のキャリア官僚といえば、気位が高く出世こそが第一で、市民の感覚とはかけ離れた人物を想像するひとも多いだろう。本書の主人公・竜崎もご他聞に漏れない。東大しか大学としての価値を認めず、難関の私大に合格した息子に対して、一浪して東大を再受験するように強いるし、家庭のことは妻に任せっきりで、自分の仕事は国家を守ることだと口にして憚らない。まあ、家庭のことを奥さんに任せっきりというのは、別にキャリア官僚に限ったことではないかもしれないけれど、いずれにせよ、「やれやれ」な人物なのである。
正直、当初は“やな奴”という姿ばかり描かれていくのだが、次第にその様相がちがってくる。
事件が起こる。かつて女子高生を惨殺した若者たちがいた。当時未成年であったがゆえに、彼らは数年で釈放された。そのうちのひとりは、いまは暴力団員となっている。その男が殺された。警察では、暴力団員同士の諍いという見立てと、殺された女子高生の関係者による復讐の両面から捜査に当たった。だが該当する人物は捜査線上に浮かんでこない。
やがて次の事件が起こる。若い頃に事件を起こしてひとを殺し、未成年だったために早く出所したという経緯を持つホームレスが殺されたのだ。ここで事件の構造がおぼろげに浮かんでくる――のだが、ここから先はネタばれになってしまうので、未読の方のために割愛することにしよう。
ところで、この事件の捜査指揮をとるのが、警視庁捜査一課の伊丹という男で、竜崎とは小学校時代の幼馴染みである。明るく豪胆な人柄で多くの部下に慕われる伊丹は、竜崎とは対照的な存在といっていいだろう。その伊丹に対し、竜崎は小学校時代にいじめられたというコンプレックスを持っている。このふたりのキャラの設定がとてもユニークである。
さらに、竜崎にとっては個人的な事件が起こる。しかも、彼の官僚としてのキャリアを根こそぎ奪うかもしれない身内の不祥事である。このふたつの事件をとおして、竜崎という男の本性があらわになっていく。「変人」の変人たる所以が明らかにされるのだ。そしてそれは、かつてない警察小説のキャラクター誕生の瞬間でもあった。
当初は朴念仁のように見えた竜崎が、次第に魅力的(といっていいかな……)に思えてくる。そして、警察機構内部の人間性を問うドラマに焦点を当てている。そこが新しい警察小説なのである。
ちなみに、新しいとはいっても初版は2005年だけど……。ということで、未読の方はぜひ!
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